"Young Frankenstein" 「フラウ・ブルッハー」と馬のいななきに関する浅い論考

今更ながら、ネタバレです。


映画版で「ブルッハー」という言葉が発せられるたびに、馬が「ヒヒヒーン!」といなないて前足を上げる、というギャグがあります。理由がわからなくてもおかしいのですが、これについては、上映開始当時からいろいろな説が飛び交っています。

1)「ブルッハー」がドイツ語で「のり」の意味であり、
 「のり」は馬の皮を使った「にかわ」のことだから馬がおびえる。
2)「ブルッハー」にはなんの意味もないが、単に、
 ブルッハー女史が「恐ろしい凶兆を持つ女性」であることに馬が気づいているという描写。

の二つが、代表的な意見です。

メル・ブルックス当人の発言などを見ると、1)と2)を合わせたものが正解に近いのかもしれません。ブルックスはアマゾン・コムのインタビューで、

「撮影当時、ブルッハーはドイツ語でのり(にかわ)を意味すると聞いて、それは面白いからそのまま採用した。でもそれが本当かどうかは知らない」

と発言しています。そして「ブルッハー=ドイツ語のにかわ」は、完全なるデマです。「そのまま」というのは、おそらく、ジーン・ワイルダーが書いた最初のドラフトに載っていた、ということでしょうか?

まず「ブルッハー」という言葉の響きが面白い、というのは最大の前提でしょう。コメディに於いて「言葉の面白さ」は大変重要です。「1934年と1931年、どちらがより面白いか」を話し合うようなカンパニーですから「ブルッハー」の面白さは、出演者およびスタッフのからだにしみこんでいるでしょう。

次に、映画版をお持ちの方は見直していただきたいのですが、メル・ブルックスが語るとおり、「ブルッハー」「ヒヒヒーン!」の流れの直後、フラウ・ブルッハーは、なんとも言えない、屈辱、惨めな、けれどそれらの思いをかみ殺した表情を見せます。

まず、フラウ、という言葉の意味を知らなくてはなりません。ドイツ語で「Mrs.」を表します。この映画のフラウ・ブルッハーは、いでたちから話し方まで、すべて「長く独身を通し、城の主に仕えつくすことを人生としている女性」に見えるように設定されています。

つまり、下世話な話ですが、フレデリックとの対面の時期に於いて、色恋沙汰とは無縁に見える女性です。

そして、さらに下世話な話に落ちきりますが「馬並み」という表現があるように、馬とセックスは切っても切れない関係が。

その馬が、恐れるフラウ・ブルッハー。物語中盤で、フラウ・ブルッハーとフレデリックの祖父の関係が明らかになりますが、そのころ、どんなに「熱い二人」だったのか、を忍ばせる部分でもあります。

が、これはすべて、見る人の想像にゆだねられています。

“「ブルッハー」がドイツ語で「のり」(にかわ)を意味するから馬が恐れる”

という説だけは、間違いなく都市伝説です。

そして、みんなが城に入ってしまったあと、アイゴールがいななき続ける馬にむかって、

「しずまれ! しずまれ! 靴(shou)と韻を踏むものばなんだ?」(答えは「glue」=にかわ)

と叫ぶと馬が静かになる、というシーンが古いバージョンの台本にありますが、本編ではカットになっています。

ゆえに、馬とにかわ、という関係が皆無ではないけれど、「ブルッハー」自体は「のり」とは関係ない、音が面白いので、ブルッハーという音自体に馬がおののく、でも裏には、わかる人だけわかる、勝手に解釈する人にだけ解釈できる部分がある、というあたりが、現在の落ち着きどころです。