マルセル・マルソー逝去


マルセル・マルソーは、昭和30年代の子供にとって、かなり記憶に残っている存在である。なにかの形でテレビに出ていた。美しく−そして、子供心に悲しかった。切なかった。なぜだかわからないけど。それからマルソーを真似たパントマイムがたくさん出てきた。でも、マルソーは、どこか違うんだなあ。

メル・ブルックスの『サイレントムービー』で見せたシーンは忘れられません。

わたしはロジャー・バートという俳優が大好きです。今までに好きになった俳優さんと比べて、違うところ、同じところ、いろいろあるんですが、「とことんバカバカしい演技も、大まじめな演技もできるのに、どこか、切ない」。何かの拍子に彼が、ふっ、と見せる切なさの虜になってしまいました。

お腹がすいたとかお金がないとか、そういう悲しみではなく、なんだろう、生きている自分自身と対話し切れていない、自分の発する言葉をもっともっと自分で聞きたい、そんな感じの悲しみ。自己撞着が強く、それでいて目配りは広い。全体を掌握することもできる。

時に、身を引き裂かれそうになっているのではないかと想像するほどです。

マルソーの話から脱線しました。

蛇足ですが『サイレントムービー』には、今回『ヤング・フランケンシュタイン』で採用されるアーヴィング・バーリンの『Puttin' on the Ritz』とは別の、バーリンの曲が使われています。今日は『サイレントムービー』を見て休みます。

「切ない」って、英語で表しにくい。胸が痛むとか苦しいとか、直接的な表現ばかりで、日本語の「切ない」のニュアンスがうまく伝わる言葉、少ないですよね。twingeぐらいかなあ。フランス語だとどうなのかしら。

脱線し続けてごめんなさい。


マルソーさん、安らかにお眠りください。楽しく切ない時間を、本当にありがとうございました。